春の足音

昨日は久しぶりにまとまった雨が降りましたが、今日からまた晴天が続くそうです。花粉症の方はいまがピークのようで、お気の毒様です。
墓地に生えてきたフキノトウをたくさん摘んで東京に送ったのだと吉野上人からお聞きしました。春の香り。そういえば東京では全国に先駆けて桜が咲いたそうですね。仙台が咲き始めるのは、四月の半ば頃でしょうか。本法寺の墓地の桜も、今年はいっぱい咲いてくれるといいですね。

彼岸の入り

冬の間は使っていなかった墓地のプレハブにて、少し落ち着いて事務仕事をしました。
壁に貼ってあったカレンダーを破いて3月まで時をすすめ、見学会のチラシのことなどを考えました。
今日は平日でも彼岸の入りなので、何組かの方々がお墓参りをしていかれました。
しばらく穏やかな良い天気がつづくそうです。

なごり雪

仙台でも結構積もりました。明日と明後日は晴れで気温も上がるということなので、このまま雪かきせずに、お天道様に任せます。
吉野上人から今月の信行会のご案内をいただき、墓地見学会の話などをいたしました。ようやく暖かくなって、ちょっと行ってみるかと思っていただける頃に、今年も開催いたします。

七回忌

今日まで暖かくて、明日から冬に逆戻り、という予報。ちょっとぐらい寒くとも雪さえ降らなければ、春彼岸までの工事がなんとか消化できそうです。
会報の文面をひねり出すのにうんうん唸っている吉野上人と雑談をしました。
まもなく震災から6年で、だとすると七回忌という仏式では節目の年ですね、といった話題や、震災の時の話、最近も起こる余震のことなどを話しました。

雪の量

朝晩は寒いのに、日中の日差しは暖かい、そんな日が続いています。
定義山の墓地で工事をしようと思っていたら、意外にも雪の量がものすごくて、もう少し解けないとトラックが入っていかないということがありまして、定義はそうであっても、本法寺はそう言えば雪が少なかったですね、ほとんど雪かきしませんでしたね、と吉野上人と会話しました。
まだ2月の終わりですが、降ってもあんまり大したことはないんじゃないかな。
長くて暗い冬を越え、春の陽気を肌で感じ取れるようになると、心が浮かれ、それだけで幸せな気持ちになります。それはおそらく東北の人特有の感じ方で、自分も少しは分かってきました、と吉野上人はおっしゃいます。

回想

天気があまり安定しない日が続きます。寒暖差が激しくて、風邪をひいてしまいました。
今回のご祈祷ではお留守番だった吉野上人に、東京でのことを報告し、あれこれと伺いました。
焼身供養や荒行のこと、吉野上人がお坊さんになりたての頃のお話。
本法寺に出入りするお坊さんには体育会系の人が多く、血気盛んな頃は、ガチでやりあうことも多かったそうです。
すいません、僕は軟弱なので、お坊さんになるのは無理です…。

特別祈祷会@東京本法寺

山門と玄関の間のスペースには、水の張った樽と桶がむしろの上におかれており、見守るギャラリーは百人ぐらいでしたでしょうか。
十時の開式を知らせる鐘の音とともに、全部で九人の白装束のお坊さんが現われました。
田島上人をのぞくこのうちの八人が、先日、荒行道を無事勤めあげて出てこられたそうで、黒々とした髭が蓄えられていました。
ふんどし一丁になったお上人方は、しゃがみこんだ姿勢で、祭りのときの掛け声のような、悲哀と鼓舞がこもった労働歌のような文句を一斉に口ずさみ、やがて水を頭からかぶりました。
隣に立っていた近所の檀家さんに話を伺うと、今日はまだ暖かい方で、以前には雪の降るなかで水をかぶった年もあったそうです。
しかし、そうは言ってもまだ二月で、見ている方が縮み上がるような寒さなのです。

お浄めが済んだあと、お上人方は次の供養の準備に取り掛かり、私たちは本堂の中に並べられた椅子に座って待機しました。
御法前には藍色の幣束が飾られており、それがこの空間の色調を整えるかのごとく、厳粛な気持ちにさせられました。
司会をされたお上人からのアナウンス。会がはじまったら本堂の外には出ないこと、携帯電話をマナーモードにし、カメラ等の撮影は認められないこと。

先ほど水をかぶった九人の他に、四人のお上人が加わって、祈祷会は始まりました。
中央に田島上人がお座りになり、左右の脇を甲州上人、八鍬上人が固めています。
法要の段取りは、仙台の本法寺で毎回行われているものと同じ進みゆきだったのですが、途中、田島上人が短剣を振るって空中に文字を描くあたりから、これはちょっと違うのだなと分かりました。
そうして焼身供養がはじまりました。
前々からイメージしていたところによると、閉じ込められた暗い部屋の中で、ローソクを立てられた田島上人を間近でみる、ということだったのですが、本堂は光が差し込んで仄明るくて、お上人はこちらを振り返ることなく、ずっと御法前に向き合っていました。
最後列近くに座っていた自分のところからはなかなか見えにくかったのですが、それでも読経の途中で、合掌している田島上人の肘のあたりに左右のお上人がロウソクを立てるのが見えました。
ローソクの炎はゆらゆらと揺らめきながら黒い煙を立ち上らせ、お上人の横顔を赤々と照らすのでした。炎が消えるまで読経はつづく。その間、十五分くらい。田島上人はずっとお変わりありませんでした。
しかし、直接的な痛みが十五分だとしても、思考力を鈍らせる疼くような痛みを、これから何ヶ月も一人で引き受けなければならないのかと思うと、単なる格好つけでは到底収まらない、深い信仰を思わずにはいられません。
とてもありがたいという気持ちと、なんだか悪いなという気持ちと、こんなことがあるのだという衝撃がしばらく残りました。

会が終わって田島上人が挨拶されました。
米寿の年までやってくれたのは、この仕事に惚れたからこそです。
仕事に惚れることこそが開運の秘訣なのです。
みなさんはまだ若いんだから、がんばってください、と。
その身を焦がした直後に、この仕事に惚れている、とはなかなか言えません。
涙しました。

肢体軽安

暖かい日が続きます。
いつものように本法寺の写真を取ろうと思ったら、ちょうど吉野上人が両手を太陽に向けてエネルギーを吸収しているところに出くわしました。
僕も真似して天の恵みをいただきました。

肢体軽安(きょうあん)という言葉を教わりました。
重いものが取れて、身も心も軽くなり、もうひとつ上のステージに行ける境地、とでもいうのでしょうか。
佐藤さん、いま上昇気流に乗ってますよ、こだわりが取れて来てるんじゃないですか、と吉野上人から言われたのですが、すぐに思ったことは別のことで、最近感じている、歳月の通り過ぎるはやさと物忘れの深化です。
時間が全然引っかかることなくあっという間に過ぎて行く。
ちょっと前まで覚えていた人の名前がすぐに思い出せない(例えばこの日も、心の拡張状態を経験したある俳優のことを話題にしていて、それがどうしてもジムキャリーだと出なかったのです)。
そういうのを最近、すごく感じます。
心の奥まで刺さっていかない、表層的な流れに任せている感じ、そういうのは老衰と関係があると思われるのですが、そうだ、簡単にいうと、忘れていくことと吉野上人のおっしゃる軽安は、同じなのかということ。うーん、直感的には、同じだと思えます。

遠隔サポート

しばらく暖かい日が続くという予報を聞きましたが、それも金曜日までで、土曜日はふたたび寒くなるそうです。
土曜日には東京本法寺の御祈祷会があるので、少しでも寒くない方がいいですよね。なんとかならないものでしょうか。
田島上人と一緒に水をかぶる行者さん、お手伝いに寺へ詰めるお坊さん等々、たくさんのサポートメンバーがいるので、今回吉野上人は東京に応援に行かなくても大丈夫なのだそうです。
その代わり、事前準備としてやらなくてはいけないことを仙台でされるということで、お忙しいようです。

2月の信行会ー厄除け祈祷会

日差しは暖かいのですが、身を切るような風の冷たさです。
本日の信行会は、厄除けのご祈祷でした。
僕は厄年でもありませんし、去年のような星回りの悪さもないのですが、一年間、来年の節分までの厄を払っていただきました。
吉野上人が一つひとつ丁寧に作った幣束をいただきまして、家に飾ってあったいままでの幣束と交換しました。
最近、老眼を実感したり、五十肩と思われる不具合も感じているのですが、どうか健康で一年間を送れるようにお願いします。
家族も、会社の従業員さんも、これをご覧の読者様も、どうか健康でいられますように。

うがいと手洗い励行

二件分の建込工事にやってきました。
解け始めてはいるものの、若干積もったあとに、雪かきされた気配があります。
吉野上人に伺うと、一昨日の夜から朝方にかけて積もったのだ、Yさんも雪かきに来てくれたのだとのこと。
知らぬこととはいえ、吉野上人、すみません。Yさん、ありがとうございました。

インフルエンザが本当に流行っていて、病院が混んでいるとか、小学校より中学校の方がひどいみたい、といった話を耳にします。
吉野上人と話しましたが、うがいと手洗いが大事ですよ。
医学的見地からみて効果があやしいとかたまに聞きますけど、まじない的な意味合いとして依然有効だと、僕は思います。

寒気ふたたび

雪混じりの冷たい西風が吹きつけています。寒いです。
東京本法寺の2/18の正式な申込書を吉野上人から受け取りながら、雑誌ブルータスでマインドフルネスの特集が組まれていること、NHKで近々、マインドフルネスの講座が放映されることなどをお知らせしました。
マインドフルネスについては、ことあるごとに吉野上人との話題になっていて、すでにアメリカで多くの企業が取り入れて浸透していること、脳科学的にも実証されていることなどを教えられました。
日本では禅の作法で古くから馴染みのある「瞑想」が、いま宗教を脱色された形で生活に取り入れられつつあるのです。
ブルータスの特集の最初の方で、ミランダカーが座禅を組んで瞑想している写真が載っていますが、背筋がすーっと伸びて、自然で格好のいいものでした。

藍色の紙

仙台では10℃を越える、暖かい日でした。これで残っていた雪も、跡形もなく消えてゆきます。
本法寺の事務所にはA4サイズの藍色の紙束がずらりと並んでいて、吉野上人によると、2/18の東京本法寺の祈祷会の準備を引き受けたそうで、忙しそうでした。
今回で水をかぶるのを最後にすると田島上人がおっしゃっているのを聞きつけて、いつも以上に参列者が多いだろうとのことです。
当社でも東京の祈祷会に参加する予定にしてまして、毎年行かれているTさんを頼りに、仙台から団体で朝一番の新幹線で向かいます。

新しさのなかに良きものをかんじること

昨日今日とで二件分の基礎打ち工事をしました。
二三日前にはシャベルが地面にささらないくらいの寒さだったので、ほっとしました。これで工事が捗ります。

ホームページのリニューアルのこと、今度墓地を取られるPさんのこと、新しくする車のことなど、吉野上人とお話ししました。
吉野上人は、大いなる変化が一月からすでに始まっているとお感じのようです。トランプさんの発言が各国に影響する、そういったワールドワイドな話だけではなくて、身近な生活圏内においても劇的な変化は始まっている、と。
だとしたら新しいものを積極的に取り入れることこそが、その流れに乗ること、あるいは流れを作り出すことにつながる、ということでしょうか。
それにひっかけていいますと、この凡夫日記も毎年お正月に外観を新しくしているのですが(ワードプレスというブログソフトは素晴らしいです。ほんの少しの作業で、文面はそのままに、がらっとデザインを変えることができます)、今回のリニューアルが一番しっくりくるデザインで、書く意欲がぐっと持ち上げられる感じです。

凍結の日

今朝はあちこちの道路で、スリップ事故による警察の調べを目撃しました。
仙台の最低気温が、-4.7℃だったそうです。昨日うっすらと降った雪が、湿り気があったので、道路に張りついてしまったのでしょうね。
ちなみに当社の工場のある丸森では、-15.1℃でした。信じられません。トイレや洗面台の水回りがカチンカチンに凍ってしまいました。
予報によると、寒気が抜けて、徐々に暖かくなるようです。ようやく、現場仕事に取りかかれそうです。

本法寺の庫裏から墓地まで、足元を濡らさずにお参りできるよう、雪かきの道を作りました。
うまくいけば、明日基礎打ちできるかな。

空振り

当社の工場がある丸森は、宮城県の最南端でありながら、今朝は20センチの積雪があって、四駆でないと走行が難しく、雪をかくにもひと苦労だったのですが、さて本法寺さんはいかばかりかと昼にやってきたところ、全然雪がないので拍子抜けしました。
というより今回は、丸森町だけが局地的にすごかったのだと思います、田舎ですからおそらくニュースになりはしないのでしょうが。

御法前にお参りしたら、ほんのり暖かい。南の窓から明るく日が差し込んでいて、そのおかげかなと思っていましたら、午前中にお客様がいらっしゃってご祈祷していたため、その暖気がまだ残っていたのでしょう、とのことでした。

かじかむ

最強寒波、恐るべし。
仙台では土曜日に3年ぶりとなる真冬日を記録しましたし、昨日、日曜日も最低気温が-5.2℃。
手袋をしてても指がかじかむ寒さです。
山形県の肘折では245センチの積雪だと聞きましたが、その点、仙台では雪は大したことはありませんでした。
それでも、およそ15センチくらいでしょうか。吉野上人とYさんとで手分けして雪かきをしました。
途中いただいたホットコーヒーのうまかったこと。温かい液体が体のなかをゆっくりと巡っていったことが実感されました。

つららが西風にあおられて、曲がっています。

寒波のプロローグ

いよいよ今シーズン最強寒波が到来、ということで雪かき棒を持って本法寺にやってきました。
このくらいだったらすぐに解けるから雪かきする必要はないんじゃないですかね、と吉野上人がおっしゃったのですが、本堂前のスペースぐらいは軽くかいておこうと思いまして、取りかかりました。
しかし、雪は降り続くものの、だんだん湿り気が混じってきて、しだいに積雪のボリュームも少なくなり、結果的に吉野上人のおっしゃる通りになったのでした。
雪かきしながら、雪国の人のメンタリティーの話を吉野上人としましたが、吉野上人、雪の降り方を見極められるようになったのでしたら、もう立派な東北人です。
明日の朝、凍結しないといいですね。運転にご用心を。

雪かき用意!

晴れていい一日なのですが、周りの人の話を聞いていると、寒波だとか、雪のマークがついているだとか言っているので、もうそろそろ雪かきが必要なくらいの雪が降るっていうことでしょうか。
棟梁からプレゼントされた除雪機が、いよいよ出動する訳ですね。
寝る時間もあまり取れないくらいに忙しかった吉野上人ですが、ここにきてひと段落だそうです。ご苦労様でした。1/7にお見かけした時は、目のまわりにクマができていて、倒れるんじゃないかと心配しました。

1月の信行会ー初祈祷会

今年初めての信行会は、本法寺の檀家信者さんが健康で、家内安全で、お仕事がうまくいくようにご祈祷していただく会でした。
先日お亡くなりになったFさんの葬儀が本日午前中に行われたこともあって、ご存命なら一緒に列席したはずなのにな、もしかしたら魂だけが参加して、空いている席に腰かけているのかもしれないな、などと考えていました。

さて、気を取り直して、平成29年を元気にやっていかなければなりません。
田島上人もおっしゃっていました。米寿を迎えた自分がこれだけがんばっているのだから、若い皆さんはもっと頑張らなければいけませんよと。

会が終わって、甘いみかんをいただきながら(皮をむくのは運を開く、というげんかつぎもあるそうです)、来月の厄除けのことに話が及び、いただいたばかりの「日蓮宗御詳暦」を片手にTさんが、質問があります、と切り出されました。
日蓮宗の暦をみると自分はあまり良い年回りではないと書いてあるが、他の本を読むと良いも悪いも半々というように書いてある。これをどう考えたらいいでしょうか、と。
甲州上人がおっしゃるには、運勢をみるのには何を基本的な考え方にするかによって判断が違ってくる。さまざまな枠組みがあり、流派もある。
仮に運勢が良くないと出たとしても、前世の行いやご先祖様から受け継いだ徳によって、がらっと変わってしまう場合もある。
あまりそれにとらわれすぎるのがよくありません。自分の解釈でうまく持っていけばよいのです、と。
木を用いるといっても、御櫃からごはんを分けるしゃもじも木だし、肥溜めから糞尿を汲み上げるひしゃくの柄も木なのです(汚い話で恐縮ですが)。
そんなところでよろしいでしょうか、と言ってにっこりされました。

小寒

元旦には3月並みの陽気だと言われていたのですが、本日小寒、寒の入りとあって、暦通り寒い仙台です。
1/7が本法寺の初祈祷会ということで、甲州上人が早めに今日、仙台に到着されました。
Yさん、吉野上人をまじえて談笑し、食べ過ぎたお正月のことや、きちんと食べることが大事だといった話が出ました。
かくいう僕も、動物性たんぱく質をたくさん取りすぎたので、きちんと運動をしながらダイエットを、と考えていたのですが、昨日見ていたテレビによれば、冬の運動は心筋梗塞になりやすい、というのを知り、ちょっとしたストレッチぐらいに留めておこうと思ったのでした。

謹賀新年と悲しいニュース

明けましておめでとうございます。
本年も凡夫日記をよろしくお願いいたします。

新年早々、悲しいニュースを受け取りました。
本法寺の信行会で何度も顔を合わせていたFさんが、お亡くなりになったと吉野上人から伺いました。
昨年の墓地見学会では休日にもかかわらず、何度も顔を出していただき、励まされました。
「商いは飽きないだから、気長にいきましょう」
そういって日焼けした丸い顔で、笑いかけてくれました。

あれだけ元気で活躍されていたのに、突然かえらぬ人になってしまうというのは、ショックです。
草刈りに、雪かきに、いろいろと助けられました。ありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。

ありがとうございました2016

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ここ最近、毎朝氷点下になりまして、フロントガラスが凍って白くなります。年の瀬の感じがしてまいりました。
吉野上人は本堂の掃除を終えられて、庫裏の方の外壁の汚れを、水で流されているところでした。
なのでせっかくきれいにされた焼香台にはお線香を立てずに、ただ手を合わせて今年一年の無事を御法前に感謝申し上げました。

読者のみなさま、今年一年もお世話になりました。どうぞ来年もよろしくお願いいたします。
風邪が流行っているようですので、くれぐれもお体にお気を付け下さい。

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Y様のお墓には、お正月らしいお花がお供えしてありました。

クリスマスイブ

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年末年始のお掃除や片付けなどで吉野上人は忙しく、御法前だけお参りさせていただきました。
今日はクリスマスイブですから、ご家族に尽くしてあげてくださいとお言葉をいただきました。
いまは違ってきてますが、僕らが若いころは、寺にサンタは来なかったのです、と。
サンタさんでもお釈迦様でも、善きものが本法寺に、吉野上人に訪れますように。

Nさんの御命日

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L様の墓地墓石の契約がメインで本日、本法寺様に伺ったのですが、四年前に亡くなったNさんの御命日であることを、忘れてはいませんでしたよ。
L様がいらっしゃる前にお墓の掃除をして、朝早くて花は調達できなかったので、代わりに黒ラベルを買ってきてお墓にお供えしました。
もともとは東京の本法寺にいらっしゃったNさんは、仙台の墓地が気に入って、生前に墓石を建てていただきました。
ここに納骨されれば、佐藤さんがきて忘れずに拝んでくれるでしょ、と冗談めかしておっしゃったのが、つい最近のようです。
Nさん、今年はずいぶん墓石が建ったでしょ? 見守ってくれてますか?

革命前夜

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積もりはしないのですが、猛烈な冷たい風に乗っかって雪が飛んできます。冬を実感いたします。
吉野上人によれば、来年は革命に年になるだろう、とのことでした。うまく時流を掴まえつつ、地道に、信用を重ねていくことを忘れずに、とアドバイスをいただきました。

12月の信行会

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インフルエンザにも注意しなければなりませんが、宮城県では特にノロウイルスによる胃腸炎が流行しているようです。
みなさまどうぞご注意を。

信行会がはじまる前に、吉野上人の簡単なお話があり、先日、田島上人が宮城県の日蓮宗の会で講演された模様を紹介されたあと、これから今年最後の信行会を始めます、とおっしゃいました。
この最後の、という言葉に、なぜかちょっとした寂しさを感じながら信行会に参加していたのですが、会が終わって田島上人が挨拶されて、はっとしました。
田島上人は毎年二月に、東京の本法寺で、荒行から出てきたばかりの行者さんと一緒に、水をかぶって、焼身供養をされるのですが、米寿を迎えられたこともあり、今度の二月で最後としたい、という御意向を伺いました。
焼身供養というのは、腕に火をつけたロウソクを立てて、火が消えるまで読経をつづける、ご祈祷のなかでも最上のものだと伺ったことがあります。
もちろん、皮膚はただれ、火傷が治るのにも半年以上かかりますが、いままでずっと、毎年かかさず田島上人は焼身供養をなさってきたのです。
長い間、ご苦労様でございました。
できるならば僕も二月に東京に伺って、最後の焼身供養を見届けたいと思います。

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お馬さんの前に、お供え物がありました。

来年に向けて

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先日墓地を取得されたP様と、昨日、墓石の商談をさせていただいたのですが、P様が持ってこられた資料のなかから、本法寺のチラシがたくさん出て来ました。色とりどりの、今年4月から配布していたチラシを一つ残らず取っておかれたようで、涙が出そうなほど嬉しかったです。こうして大事に見てくれているお客様が確実にいるのだと思うと、明るい気持ちで来年のことを考えることができます。ありがとうございました。

吉野上人にP様とのことを報告し、年末年始の予定を打ち合わせしました。事務所には幣束の束と段ボール箱が置かれていて、間もなく全部作り終わるということでした。

勤労感謝の日

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健康で働けてることに感謝して、今日も本法寺に参りました。
午前中はA様の納骨、午後はT様の開眼供養、それに新しく墓地を取られるS様との打ち合わせがあったのですが、風が冷たかったですね。みなさまご苦労様でした。
いつもはカロリーメイトで簡単に済ませる昼食も、そうだ今日は祝日だしと思って、温かいラーメンを食べてしのぎました。久しぶりに食べたので、こんなにうまかったのかと感動しました。

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地震、満2歳、幣束

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福島県沖を震源とする地震は、朝の6時の時報を過ぎたか過ぎないかぐらいに仙台に到達しました。
泡石鹸の容器のなかで蝉が騒ぎ立てるような携帯電話の緊急地震速報は、緊迫とかいうものを越えて、胸苦しささえ覚えます。
宮城県には津波警報が出て、午前中いっぱい振り回されましたが、大きな被害がなくて済んでよかったです。
でも地震は嫌ですね。

本法寺の吉野上人の元にも、大丈夫か?といった問い合わせの電話がたくさんかかってきたらしく、対応に追われて午前中のお勤めを飛ばしてしまったそうです。
田島上人が電話をされている様子を想像しているうちに、ふと今日が田島上人のお誕生日であり、本堂がちょうど二年前の今日、11/22に落慶法要したことを思い出しました。
そうです、今日で本堂は満二才になりました、と吉野上人。

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そのあと事務所で、吉野上人の幣束(へいそく)づくりを拝見しました。東京の分と仙台の分とで、五百ぐらい作りだめしているそうです。
幣束は、ぎざぎざになった紙が、木の棒の先端から垂れ下がっているもので、これは年初に、星回りが悪いご祈祷を受けた際に、僕もいただきました。いま台所の棚の上で、塩と水と米をおいたその奥に祀られています。
業者に外注すれば、紙も、切り込み加工もしてもらえるのだそうですが、お金を節約するということもあるけれど、心をこめて丁寧に作ることに意味があるのだと吉野上人はおっしゃいます。
それに、こういう基本的なことを頭と手に覚えさせるということが大事なのだと。
そういえば、以前、プーケットに海外出張した際に、田島上人から幣束を作るよう指示されて、バカンスそっちのけで紙の調達に奔走したことを吉野上人から伺いました。
幣束を業者任せにしてしまえば、そういう、いざというときに役に立たない訳ですね。

大きな和紙を切って、四つに折り、型紙を当てて、切り込みをするときの始点と終点が分かるように千枚通しで小さな穴をあけ、線引きをあてがいながらカッターを引き、切れ味のよい大ばさみでバチンと音を立てながら余分な角を切る。
寺ごとにいろいろな形の幣束があるのだとか、棒の先端にまじないの文字を書くのだがこれは内緒だとか、「當病平癒(とうびょうへいゆ)」の話だとか、いろいろな話を伺いました。
「佐藤さんもやってみる?」
え、いいんですか、紙をだめにしてもいいですか、と聞いたらいいというので、嬉々としてやらせていただきました。
紙を切って、四つ折りにするところまで、ということで、はじめてみたのですが、肝は、大きさが不揃いにならないように全体を見ながらやさしく折ってあげることだろうと思ったのですが、そうではなかったのです。
吉野上人は僕が四つ折りにした紙を開いて見せ、ほらここに皺が寄っちゃったでしょ、そうするとここが正面の一番てっぺんにくるから見栄えが悪い、つまりダメだということなんです、と。
コツは、紙の端を合わせてから、端から折り目の中心にしごくのではなく、折り目の中心をぐっと押さえてそこから端の方へしごかなければならなかったのです。
なるほど。
お坊さんには、ご祈祷のための精神修養だけでなく、手先の器用さも求められるのですね。
もちろん、テクニックだけの話でなくて、折るは祈るに通ず、ご祈祷する誰かのために、丁寧に、やれるだけのことをやる気持ちをもって、折ること。

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