帰仙

一日中雨降りでした。朝方は結構な雨音で目が覚めたりして。
昨晩帰仙された吉野上人からマレーシア旅行のお話を伺いました。
観光地や食べ物やホテル、気候、町の様子、機内泊の姿勢、など。
吉野上人は海外に行っても、修行のリズムを崩すまいと、エクササイズと瞑想に早朝取り組まれたそうなのですが、睡眠時間があまりなかったせいか、思うようにできなかったそうです。
旅行の疲れが残っていそうでしたので、あまり長居せずに失礼しました。

まるで夏

暑いです。まるで夏みたいな陽気。たまらず半袖Tシャツになりました。
田島上人、吉野上人は、今頃 マレーシアのどこにいるのでしょう。仙台は異常なしですので、ご心配なく。

イマドキ

三日間降り続いた雨が止んで、今朝のぼってきた太陽が特別眩しく感じました。

吉野上人とイマドキの死生観の話、葬儀やお墓の話をしました。
昔は法事というと参列者一人につき一膳の折りを準備しましたが、最近では大皿に盛った料理をめいめい取り皿につまんでもらうオードブル形式が増えたそうです。
できるだけ葬儀にお金をかけないようにという現代のニーズにあったやり方なのですが(葬儀屋さんからすれば頭の痛い問題でしょうけど)、果たして人数が何人来るものやら確定しない場合にも有効な方法だそうです。
吉野上人との話の行き着く先は、こうなりました。
時代がうつっても変えていいもの、変えてはいけないものがあるはずだ。葬儀屋さんも、お寺さんも、石屋さんも、それを真剣に考えなくてはならない。

S様の納骨のため、本法寺に参りました。
あいにくの雨模様で、作業には向いてない天候となりましたが、ここしばらく降雨がなかったことを思うと、草花には恵みとなりますよね。どうぞ、遠慮なくたーんと降っちゃってください。

電話

ここ最近、郷六の営業所の方に、受話器を取ればすぐに無言で電話を切られるという迷惑電話がかかってきておりまして、聞けば本法寺もだということを吉野上人から教わりました。つまり相手は、先月の本法寺のチラシをみて電話してきているのだということが分かりまして、愛子交番に相談にいきました。
なんのために電話よこすんだろうね、とお巡りさんも首をかしげていました。吉野上人に言わせると、寂しいんでしょ、ということでした。
不思議なんですよ。非通知でかけてよこすんでなくて、電話番号もしっかり表示させて電話をかけてくる。そこに電話すると、応答しない。そしてこちらから電話したとみるや、向こうからまた無言電話をかけてくる。
電話をよこす相手が、成仏していない人の霊だとか、誰かに頼りたい生霊みたいなものだったら、嫌だなあ。

桜の季節も終わり、蕃山の葉っぱもどんどんと茂っていきます。吉野上人が所用のため留守にしているらしく、静かな本法寺でした。
Tさんがお墓参りにいらっしゃって帰られました。

乾燥注意報が出ていて風も強いため、栗原や釜石の方では山火事が発生したと聞きました。皆様もお気をつけください。本法寺にやってくる私も気をつけたいと思います。

GW真っ只中

晴れて暑い、GW2日目。
見学会を終えた後でも、チラホラお客様が来てますよ、と吉野上人から教えてもらったので、月末の仕事を午前中に済ませたあと、来てみました(吉野上人が本堂でお勤めしているようなので、邪魔しないように声がけしませんでした)。
連休で息子が遊びに来たので、ちょっと墓地を見せに来ましたというWさんと話をし、のんびりと書類を整理しました。

中沢家の人々

NHK土曜朝早くからやっている「日本の演芸」で、円歌師匠の落語を放映してました。演目は「中沢家の人々」。円歌師匠と一緒に暮らす御家族のことや、お坊さんになって苦労したことなどを、実体験を交えながら面白おかしく話されていました。
さすがです。
師匠がお坊さんの修行のため荒行に入られたところ、心筋梗塞で倒れられ、病院に担ぎ込まれたそうです。
「病院からお寺に運ばれるのが普通だが、お寺から病院に運ばれるなんてあんたが初めてだって言われたよ!」
会場がどっとウケてました。合掌。

4月の信行会

円歌師匠の葬儀のためやはり東京の方はお忙しくて、吉野上人がとり仕切る信行会になりました。逆に考えれば、吉野上人が普段考えている通りのことを、誰気兼ねなく、と言えば変な言い方ですが、そのまま実践できる会になるわけで、吉野上人は腕まくりして分厚い資料を作り、いつも以上に熱っぽくご祈祷されたのでした。
まず健康であること。体調を万全に整えたうえで、気力を充実させること。
手が小さい人は会議が苦手である、という話が出たのですが、自分に当てはめてみて、当たっていると思いました。なんでなのかな?

死んで悲しいということ

円歌師匠の通夜は4/26で、ご葬儀が4/27という日程になるので、来仙される予定だった甲州上人は、4/28の信行会には来れない可能性が高いそうです。
お坊さんの修行というのは、喜怒哀楽に左右されないこと、周囲の影響を受けずに精神を一定に保つことだ、という吉野上人のお話の途中で、円歌さんの話にからめて質問をしました。
亡くなって悲しむというのは、まだまだ人間ができていない証拠なのでしょうかと。
本当から言えばそうだ、と。
しかし、人とのつながりにも濃淡があって、前世からの因縁で一緒になっている場合もある。いまふうの言葉で言えばソウルメイト。そういう人がそばからいなくなれば、どんなに聖人でも悲しいという感情にとらわれるだろう。
僕は一番弟子を亡くした孔子や、妻を亡くした荘子や、弟子に先立たれたお釈迦様のことをしばらく考えました。

見学会を終えて

三日間本法寺にいましたので、そのどこかでブログをアップしたらいいやと思っていたら、すっかり写真を撮るのも忘れてしまいました。すみません!
おかげさまで天気も良く、無事見学会を終えることができました。
ご来場された何組かは、すでにこの界隈のお寺さんや霊園に足を運ばれていて、色々なことをリサーチされているようでした。その方々はお墓を建てることに差し迫っている訳ではなく、御自身がいずれ入る予定の墓地のことを真剣に考えていらっしゃいました。
「終活」という言葉が定着してきましたが(かくいう私は終活カウンセラーですが)、墓石や墓地だけではない幅広い知識が求められることが実感でき、わかる範囲でお答えできたことが何よりの喜びでした。
大事なヒントをいただいたので、次回の見学会に役立てたいと思います。

さて、今朝のめざましテレビで知ったのですが、落語家の円歌師匠がお亡くなりになりました。軽部さんが、円歌師匠が50代で僧侶となった経歴を紹介していましたが、そのお導きをされたのが田島上人なのです。
心よりお悔やみ申し上げます。

穏やかな準備

考えようによっては先に嵐がやってきたことで、穏やかな見学会を開催することができる訳で、ありがたいといえばありがたいです。
今日は昼ぐらいに本法寺さんにやって来て、トイレを掃除したり、立て看板を取り付けたりしました。吉野上人も本堂や動物慰霊祭のお掃除。のんびりやって明日に備えました。
寺の周囲に植えられた、吉野のシロヤマザクラがちらほら咲き始め、裏庭の身延山ゆかりのしだれ桜もはじめて花が咲いたそうです。

ひょっこりひょうたん島

人には何があろうとやらねばならないことってありますよね。
いくら仕事が忙しくともこの日は特売日だから買い物しなけりゃとか、この日が税金納める期日だから窓口に行かなきゃとか、今日中に楽天の試合の座席を確保しなけりゃとか。
墓地見学会を週末に控えている僕にとって、風が吹こうと雨が降ろうとなんとしても墓地の草むしりを、あと半分終えなければならない。
そして文字通り、風との戦いなのでした。
谷を挟んで向かいの蕃山に強烈な風が当たり続けているせいで、まるでジェット機でも飛んでいるかのような恐ろしい音が聞こえて来ますし、帽子は飛ばされ、草を入れているバケツはひっくり返る、寒くて鼻水が垂れるわ、指先は痛くなってくるわで何度もくじけそうになったのですが、それを救ったのが「ひょっこりひょうたん島」でした。吉野上人がやって来て、佐藤さんこの風のなか何を叫んでいるのですか、と言われるかもしれないと思いながらも、とにかく壊れたラジオみたいに何度も繰り返して歌い、乗り切ったのでした。
身体は寒くてこわばり、写真を撮ることも、吉野上人とも話す気力もなくなり、まっすぐお家に帰ってニュースを見ると、宮城県内のあちこちで暴風による被害があり、電車もところどころで運転見合わせ、ということでした。
被害に遭われた方、大変でございました。

(写真は4/20の河北新報朝刊の記事です)

草むしりの日

日差しは暖かいけれど、風は冷たい1日です。
草むしりを早めに終わらせて、吉野上人と歓談しようと思ったのですが、小さな草が無数に生えている個所があり、夕方までぶっ続けで作業をし、疲れて帰りました。

ガラケー

草をむしろうと思ってやってきたら、強烈な西風がばんばん吹きつけているので、くじけてやめました。
新しい体制、新しい価値観、新しい車、新しいスマホの話を吉野上人としました。
本法寺にいらっしゃるYさんはちょっと前にスマホに買い換え、Tさんだけは最後まで一緒にガラケー党を続けてくださるのだと思っていましたら、ついにTさんもスマホにしたのだと教えられました。
という訳で身近なところでガラケーは誰もいなくなりました。寂しい…。

酉年

暖かくて、本当に春を実感いたします。寺の周囲に植えられている桜はどうかと見て回りましたら、去年は一輪だけでしたけれども、今年は何輪かパッと咲きそうな気配です。でも、ここは標高が高いので咲くとしてももう少し先になるのでしょう。
見学会は4/21、22、23でほぼ確定しました。墓地のなかにも雑草が生えてきたので、それまでに抜かなければいけません。

吉野上人から今月の案内状をいただきました。酉年は新たなルール、新たな仕組みが生まれる年だとのこと。そのことで思い出すのは、昨今の朝鮮半島情勢です。なにもなければいいのですが。

桜とチラシ

朝方降っていた雨も止んで、急激に晴れてきて、暖かいというより暑いくらいの気候になりました。
これを書いてる時点ではまだ桜の開花宣言が出されていませんが、本日、間違いなく出されるでしょう。

チラシの撮影に本法寺にやってきて、春のにおいを満喫しながら、シャッターを押してました。
午後にはお寺に新車が届くそうです。こうして写真にトヨタイストが写り込むのも、最後のようです。

強い陽気じゃ

天気が良くて暖かい。このまま桜の開花まで一気に突き進みそうな仙台です。
チラシのアイディアを見つけに、本法寺にやってきました。そろそろ下書きを書かねばなりません。
吉野上人もご案内状の文面をひねり出しているところだそうです。ちなみに今月は定例通りに4/28だそうです。
お互いいろいろと思案しながら、話はなぜか花見の方へ…。

3月の終わり

雨か霙でも降ってきそうな雲行きです。とても肌寒いです。
吉野上人と今後の打ち合わせをしました。四月の下旬に墓地見学会を考えておりまして、予定をあけてくださるようお願いいたしました。
五月には田島上人に随行してマレーシアに行かれるそうです。改めて田島上人のバイタリティーに驚かされます。

修行ー3月の信行会

自分の直すべき行いに気づいたとしても、人間はなかなかすぐには直すことはできないですよね。僕だってそうですよ。講演でいいこと聞いたなあと思っても、家に帰ればすぐに忘れてしまいます。
せめて彼岸のときぐらいは(といっても彼岸を少し過ぎてしまいましたが)、修行だと思って真剣に自分と向き合いましょう。今日はみなさんお一人おひとりのご祈祷はありませんが、その代わりにご先祖様、故人様への供養のために、たくさんのお経を読みます。みなさんも大きな声を出して、一緒に読んでください。それは徳を積むということにもなります。自分のなかのプラスを増やし、マイナスを減らす、そういう働きがあります。
吉野上人は法要に先立つ法話のなかでこのようにおっしゃいました。
法要がはじまって、木魚を叩くのは吉野上人の役目。参加者の誰もがついていけそうな、ゆっくりめのテンポを刻んで下さり、田島上人が唱え始めたお経が、手元にある経本の何ページ目に載っているかを教えてくれました(フォークシンガーが絶妙の間合いで次に歌う歌詞を早口で告げるように)。

信行会が終わってお茶をいただきながら、田島上人を囲んで先日のご祈祷会のことや、傷の具合、荒行のことなどを伺いました。
荒行は普通のお坊さんなら5回が限度だそうですが、田島上人は伝師として携わったので、合計17回もこなされたのだそうです。
起きてから寝るまで3時間ごとに水をかぶり、食べ物は粗食、睡眠時間もほとんどない、という毎日を百日間もつづける。
そこで、失礼ながらこんな質問をしてみました。
「伝師さんというお立場でも、みんなと同じ修行内容なのですか?」
すると、田島上人が、
「同じことをやらなければ、誰もついてこないよ」
とおっしゃいました。確かに。

春の足音

昨日は久しぶりにまとまった雨が降りましたが、今日からまた晴天が続くそうです。花粉症の方はいまがピークのようで、お気の毒様です。
墓地に生えてきたフキノトウをたくさん摘んで東京に送ったのだと吉野上人からお聞きしました。春の香り。そういえば東京では全国に先駆けて桜が咲いたそうですね。仙台が咲き始めるのは、四月の半ば頃でしょうか。本法寺の墓地の桜も、今年はいっぱい咲いてくれるといいですね。

彼岸の入り

冬の間は使っていなかった墓地のプレハブにて、少し落ち着いて事務仕事をしました。
壁に貼ってあったカレンダーを破いて3月まで時をすすめ、見学会のチラシのことなどを考えました。
今日は平日でも彼岸の入りなので、何組かの方々がお墓参りをしていかれました。
しばらく穏やかな良い天気がつづくそうです。

なごり雪

仙台でも結構積もりました。明日と明後日は晴れで気温も上がるということなので、このまま雪かきせずに、お天道様に任せます。
吉野上人から今月の信行会のご案内をいただき、墓地見学会の話などをいたしました。ようやく暖かくなって、ちょっと行ってみるかと思っていただける頃に、今年も開催いたします。

七回忌

今日まで暖かくて、明日から冬に逆戻り、という予報。ちょっとぐらい寒くとも雪さえ降らなければ、春彼岸までの工事がなんとか消化できそうです。
会報の文面をひねり出すのにうんうん唸っている吉野上人と雑談をしました。
まもなく震災から6年で、だとすると七回忌という仏式では節目の年ですね、といった話題や、震災の時の話、最近も起こる余震のことなどを話しました。

雪の量

朝晩は寒いのに、日中の日差しは暖かい、そんな日が続いています。
定義山の墓地で工事をしようと思っていたら、意外にも雪の量がものすごくて、もう少し解けないとトラックが入っていかないということがありまして、定義はそうであっても、本法寺はそう言えば雪が少なかったですね、ほとんど雪かきしませんでしたね、と吉野上人と会話しました。
まだ2月の終わりですが、降ってもあんまり大したことはないんじゃないかな。
長くて暗い冬を越え、春の陽気を肌で感じ取れるようになると、心が浮かれ、それだけで幸せな気持ちになります。それはおそらく東北の人特有の感じ方で、自分も少しは分かってきました、と吉野上人はおっしゃいます。

回想

天気があまり安定しない日が続きます。寒暖差が激しくて、風邪をひいてしまいました。
今回のご祈祷ではお留守番だった吉野上人に、東京でのことを報告し、あれこれと伺いました。
焼身供養や荒行のこと、吉野上人がお坊さんになりたての頃のお話。
本法寺に出入りするお坊さんには体育会系の人が多く、血気盛んな頃は、ガチでやりあうことも多かったそうです。
すいません、僕は軟弱なので、お坊さんになるのは無理です…。

特別祈祷会@東京本法寺

山門と玄関の間のスペースには、水の張った樽と桶がむしろの上におかれており、見守るギャラリーは百人ぐらいでしたでしょうか。
十時の開式を知らせる鐘の音とともに、全部で九人の白装束のお坊さんが現われました。
田島上人をのぞくこのうちの八人が、先日、荒行道を無事勤めあげて出てこられたそうで、黒々とした髭が蓄えられていました。
ふんどし一丁になったお上人方は、しゃがみこんだ姿勢で、祭りのときの掛け声のような、悲哀と鼓舞がこもった労働歌のような文句を一斉に口ずさみ、やがて水を頭からかぶりました。
隣に立っていた近所の檀家さんに話を伺うと、今日はまだ暖かい方で、以前には雪の降るなかで水をかぶった年もあったそうです。
しかし、そうは言ってもまだ二月で、見ている方が縮み上がるような寒さなのです。

お浄めが済んだあと、お上人方は次の供養の準備に取り掛かり、私たちは本堂の中に並べられた椅子に座って待機しました。
御法前には藍色の幣束が飾られており、それがこの空間の色調を整えるかのごとく、厳粛な気持ちにさせられました。
司会をされたお上人からのアナウンス。会がはじまったら本堂の外には出ないこと、携帯電話をマナーモードにし、カメラ等の撮影は認められないこと。

先ほど水をかぶった九人の他に、四人のお上人が加わって、祈祷会は始まりました。
中央に田島上人がお座りになり、左右の脇を甲州上人、八鍬上人が固めています。
法要の段取りは、仙台の本法寺で毎回行われているものと同じ進みゆきだったのですが、途中、田島上人が短剣を振るって空中に文字を描くあたりから、これはちょっと違うのだなと分かりました。
そうして焼身供養がはじまりました。
前々からイメージしていたところによると、閉じ込められた暗い部屋の中で、ローソクを立てられた田島上人を間近でみる、ということだったのですが、本堂は光が差し込んで仄明るくて、お上人はこちらを振り返ることなく、ずっと御法前に向き合っていました。
最後列近くに座っていた自分のところからはなかなか見えにくかったのですが、それでも読経の途中で、合掌している田島上人の肘のあたりに左右のお上人がロウソクを立てるのが見えました。
ローソクの炎はゆらゆらと揺らめきながら黒い煙を立ち上らせ、お上人の横顔を赤々と照らすのでした。炎が消えるまで読経はつづく。その間、十五分くらい。田島上人はずっとお変わりありませんでした。
しかし、直接的な痛みが十五分だとしても、思考力を鈍らせる疼くような痛みを、これから何ヶ月も一人で引き受けなければならないのかと思うと、単なる格好つけでは到底収まらない、深い信仰を思わずにはいられません。
とてもありがたいという気持ちと、なんだか悪いなという気持ちと、こんなことがあるのだという衝撃がしばらく残りました。

会が終わって田島上人が挨拶されました。
米寿の年までやってくれたのは、この仕事に惚れたからこそです。
仕事に惚れることこそが開運の秘訣なのです。
みなさんはまだ若いんだから、がんばってください、と。
その身を焦がした直後に、この仕事に惚れている、とはなかなか言えません。
涙しました。

肢体軽安

暖かい日が続きます。
いつものように本法寺の写真を取ろうと思ったら、ちょうど吉野上人が両手を太陽に向けてエネルギーを吸収しているところに出くわしました。
僕も真似して天の恵みをいただきました。

肢体軽安(きょうあん)という言葉を教わりました。
重いものが取れて、身も心も軽くなり、もうひとつ上のステージに行ける境地、とでもいうのでしょうか。
佐藤さん、いま上昇気流に乗ってますよ、こだわりが取れて来てるんじゃないですか、と吉野上人から言われたのですが、すぐに思ったことは別のことで、最近感じている、歳月の通り過ぎるはやさと物忘れの深化です。
時間が全然引っかかることなくあっという間に過ぎて行く。
ちょっと前まで覚えていた人の名前がすぐに思い出せない(例えばこの日も、心の拡張状態を経験したある俳優のことを話題にしていて、それがどうしてもジムキャリーだと出なかったのです)。
そういうのを最近、すごく感じます。
心の奥まで刺さっていかない、表層的な流れに任せている感じ、そういうのは老衰と関係があると思われるのですが、そうだ、簡単にいうと、忘れていくことと吉野上人のおっしゃる軽安は、同じなのかということ。うーん、直感的には、同じだと思えます。

遠隔サポート

しばらく暖かい日が続くという予報を聞きましたが、それも金曜日までで、土曜日はふたたび寒くなるそうです。
土曜日には東京本法寺の御祈祷会があるので、少しでも寒くない方がいいですよね。なんとかならないものでしょうか。
田島上人と一緒に水をかぶる行者さん、お手伝いに寺へ詰めるお坊さん等々、たくさんのサポートメンバーがいるので、今回吉野上人は東京に応援に行かなくても大丈夫なのだそうです。
その代わり、事前準備としてやらなくてはいけないことを仙台でされるということで、お忙しいようです。

2月の信行会ー厄除け祈祷会

日差しは暖かいのですが、身を切るような風の冷たさです。
本日の信行会は、厄除けのご祈祷でした。
僕は厄年でもありませんし、去年のような星回りの悪さもないのですが、一年間、来年の節分までの厄を払っていただきました。
吉野上人が一つひとつ丁寧に作った幣束をいただきまして、家に飾ってあったいままでの幣束と交換しました。
最近、老眼を実感したり、五十肩と思われる不具合も感じているのですが、どうか健康で一年間を送れるようにお願いします。
家族も、会社の従業員さんも、これをご覧の読者様も、どうか健康でいられますように。